電磁気学を深く理解するための数学

F: 第9章 電磁気学に必要な微分幾何

微分幾何は、電磁気学とは別の物理理論ではありません。Gaussの法則やStokesの定理で何を積分しているか、座標を変えても何が保存されるか、材料則がどこへ入るかを、曖昧なく記述するための数学です。学部編で動かした電位、電界、磁力線、ベクトルポテンシャルを、微分形式、計量、座標変換の言葉で捉え直し、その重要応用としてローレンツ力、Maxwell応力、磁気コエネルギーによる電磁力を学びます。節点力への離散化、有限要素法、仮想仕事、位相自由度、誤差評価は、G編「有限要素法」へ渡します。

学部編で先に理解する量微分形式での読み方積分する対象
電位 $V$0-form点で値を読む
電界の循環 $\vec E\cdot d\vec\ell$1-form曲線に沿って積分する
電気束 $\vec D\cdot\vec n\,dS$2-form面を貫いて積分する
電荷 $\rho\,dV$3-form体積にわたって積分する

二編の学習の見通し

式を抽象化すること自体が目的ではありません。電圧は線に沿って測り、磁束は面を貫いて測るという電磁気の具体像から出発し、連続な場の保存構造を壊さず有限要素法へ渡すまでを、可視化と式の対応から学びます。

動く具体例から式へ進む

微分幾何は記号だけを追うと、何を測り、何が保存されるのかを見失いやすい分野です。本教材では各回の中心となる動く例を、次の順で使います。

1 具体像を持つ地球儀、曲線トラック、等高線、風船、輪ゴムなど、数式の前に動かす対象を思い浮かべます。
2 変化を確かめるスライダーを動かす前に、何が変わり、何が保存されるかを言葉で確かめます。
3 操作して観察する形だけでなく、積分値、残差、固有値、エネルギー、誤差などの数値も同時に追います。
4 式で説明する観察した不変量と変化量を、引き戻し、Hodge star、外微分、弱形式などの式へ戻します。
第1–3回 幾何の言語座標・引き戻し・Hodge starから、線に沿う量と面を貫く量を区別します。
第4–6回 場とポテンシャル流れ関数、2次元Hodograph、3次元Clebschポテンシャルへ進みます。
F-7 変換と向きPullbackとKelvin変換を通じ、線積分、磁束、エネルギーの保存と向きの符号を整理します。
F-8 幾何代数幾何積と擬スカラー $I$ を使い、twisted formを別型にせず向きの符号を保持する方法を3Dで整理します。
F応用 電磁力ローレンツ力、Maxwell応力、磁気コエネルギーを同じ合力へ結び、G-4の節点力へ渡します。
第10章 有限要素法FEM基礎から弱形式、Whitney形式、離散Hodge、仮想仕事と節点力、位相、誤差、適応解析へ進みます。

修士課程の共通読解軸

毎回、次の5問へ自分の言葉で答える

Canvasを動かして終わりにはしません。観察した電磁気現象を式で説明し、FEMの結果が正しいかを別の量で検算し、自分の研究問題へ使えるところまで進みます。

  1. 何を測っているか。未知量は点の値か、線積分か、面積分か、体積積分か。何-formとして、どの幾何学的対象へ積分するかを答えます。
  2. どの保存則か。外微分 $d$ が表すMaxwell方程式を特定し、湧き出し、循環、境界のどれを保存しているかを答えます。
  3. 何が材料と形状に依存するか。長さ、角度、体積、誘電率、透磁率など、計量と材料がHodge starへ入る場所を答えます。
  4. 何が変換後も保存されるか。座標変換のpullback、向き、穴を回る周期を区別し、線積分・磁束・エネルギーのどれが保たれるかを答えます。
  5. 計算間違いをどう発見するか。残差、周期、エネルギー正値性、Jacobian、上下界、$\boldsymbol C\boldsymbol G=\boldsymbol0$ など、その回とは別の診断量で判定します。
二編を終えたときの到達判定

一つの電磁石を選び、積分形Maxwell方程式から未知量のform次数と適合空間を決め、位相的な接続と材料Hodgeを分けて弱形式を組み立てます。計算後は、同じ式を見直すだけでなく、保存則、周期、エネルギー、相補上下界のうち独立な量で結果を検算し、必要なh細分またはp高次化を選べれば到達です。

二編を貫く量の地図

微分形式の次数は、量を積分する幾何学的対象と対応します。ただし、次数だけでは不十分です。Bossavitのorientation-freeな定式化では、通常のpullbackで変換する straight form と、向きの情報も持つ twisted form を区別します。twisted formは、ordinary form $\omega$ と空間の向き $\mathrm{Or}$ の組を

\[ \widetilde\omega=[(\omega,\mathrm{Or})] =\left\{(\omega,\mathrm{Or}),(-\omega,-\mathrm{Or})\right\} \]

という同値類にしたものです。向きを選ばないまま積分や構成則を記述できる、理論的に最も素直な定式化です。外微分 $d$ は次数を一つ上げながらstraight/twistedの別を保ち、計量Hodge $\widetilde{\star}_g$ は両者を入れ替えながら相補的な次数を結びます。

幾何学的対象次数intrinsicなstraight formintrinsicなtwisted form直接積分する量
0-form電位 $V$、流れ関数 $T$、Clebschポテンシャル $\alpha,\beta$磁気スカラーポテンシャル $\widetilde\Phi_m$値そのもの
曲線1-form電界 $\mathcal E$、磁気ベクトルポテンシャル $\mathcal A$磁界 $\widetilde{\mathcal H}$$\int_C\mathcal E$、$\int_C\widetilde{\mathcal H}$
2-form磁束密度 $\mathcal B$電束密度 $\widetilde{\mathcal D}$、電流密度 $\widetilde{\mathcal J}$$\int_S\mathcal B$、$\int_S\widetilde{\mathcal D}$、$\int_S\widetilde{\mathcal J}$
体積3-formorientationを選んだ体積形式電荷密度 $\widetilde\varrho$、エネルギー密度 $\widetilde{\mathcal U}_m=\mathcal B\wedge\widetilde{\mathcal H}/2$$\int_\Omega\widetilde\varrho$、$W_m=\int_\Omega\widetilde{\mathcal U}_m$
計量・材料parity-changing Hodge$\widetilde{\mathcal D}=\widetilde{\star}_{\varepsilon}\mathcal E$、$\mathcal B=\widetilde{\star}_{\mu}\widetilde{\mathcal H}$straightとtwistedの対応

ここでtwisted 3-formなのは空間上のエネルギー密度 $\widetilde{\mathcal U}_m$ です。正の体積密度を選んで $\widetilde{\mathcal U}_m=w_m\widetilde{\mathrm{vol}}_g$ と分けた係数 $w_m$ は0-form、積分後の全エネルギー $W_m$ は実数です。さらに $W_m(q)$ と書くときは、物理空間ではなく配置空間上のスカラー関数を意味します。

本教材と我々の手法では、ここから計算規約を簡単にします。各領域で右手系を一度選び、twisted formの同値類からその向きに対応するordinary formだけを取り出します。以後の式に現れる $\Phi_m,\mathcal H,\mathcal D,\mathcal J,\varrho,\mathcal U_m$ は、この右手系代表です。領域内部ではすべて普通の微分形式として計算し、同値類を式ごとに書き下しません。

代償として、異なる領域を写像 $g$ で対応させるときだけ符号表を使います。intrinsicにstraightな量は $\eta=g^*\eta'$、intrinsicにtwistedな量の右手系代表は $\omega=s_g\,g^*\omega'$、$s_g=\operatorname{sgn}(\det\boldsymbol Dg)$ です。したがって右手系どうしの通常の変換では追加処理がなく、向きを反転するKelvin変換だけで $s_g=-1$ を掛けます。これはBossavitの理論を近似する操作ではなく、向きの束を右手系で自明化した記法上の妥協です。全回で使う検算は、$d^2=0$、$g^*(d\omega)=d(g^*\omega)$、符号表の整合、$\int_\Omega\omega\wedge\star_g\omega\ge0$ というエネルギーの正値性です。

幾何代数ではtwisted専用型を持たない

F-8では、この右手系代表の運用を幾何代数でさらに明示します。三次元ユークリッド空間で計量と右手系を選ぶと、straight $p$-formはgrade $p$、twisted $p$-formは擬スカラー $I$ による双対を通したgrade $3-p$のmultivectorとして、同じ代数の中に保持できます。

\[ \text{straight }p\text{-form}\longleftrightarrow\langle M\rangle_p, \qquad \text{twisted }p\text{-form}\longleftrightarrow\langle M\rangle_{3-p} \]

したがって領域内ではtwisted用の別データ型を持つ必要がありません。ただし向きの情報は消えず、単位擬スカラー

\[ I=\vec e_x\vec e_y\vec e_z, \qquad \underline Q(I)=\det(Q)I \]

に残ります。回転では $\det(Q)=+1$、鏡映やKelvin変換では $\det(Q)=-1$ です。負号は領域を結ぶ写像で一度だけ入れ、材料定数を負にしたり、左手系の座標軸を描いたりしません。F-8の3D比較では、同じ右手系の中で $Q(BI^{-1})$ と $B'I^{-1}$ を並べ、鏡映時だけ両者が反対向きになることを操作できます。

学部電磁気学からの橋渡し

学部で見た量・法則二編での読み替え対応する回
線積分・アンペールの法則1-formを経路へ引き戻して積分するF-1・F-2
曲面の曲率と閉曲線接ベクトルの平行移動を追い、ホロノミーを曲率2-formの面積分として読むF-2
電界と電束、磁界と磁束Hodge starで1-formと2-formを結ぶF-3
表面電流とベクトルポテンシャル流れ関数の等値線を巻線へ変換するF-4
磁極・磁束線・飽和場の座標を使い分け、材料非線形を既知係数へ移して数値解と照合するF-5
3次元磁束線2つのClebsch等値面の交線として磁束線を表すF-6
開境界・外場Pullback/Kelvin変換で有限エネルギーの反作用場と材料を有限領域へ写すF-7
内積・外積・軸性ベクトル・向き幾何積を分解し、twisted専用型を擬スカラー $I$ のparityへ集約するF-8
有限要素法の基礎要素補間、組立て、境界条件、辺要素を動かすG-1
磁気ベクトルポテンシャル・逆Hodograph弱形式、境界項、ゲージに加え、Q1最小二乗・組立て・零空間を診断するG-2
材料則・有限要素法Whitney形式と離散Hodgeで位相と材料を分離するG-3
ローレンツ力・Maxwell応力・磁気コエネルギー体積力、閉曲面の面力、エネルギー微分を同じ合力へ結び付けるF応用
電磁力の節点力仮想変位を形状関数で離散化し、要素節点力と全体の合力を照合するG-4
磁性体の局所変形と仮想仕事1-formと2-formの変換則から仮想仕事を導き、FEMの節点力へ組み立てるG-5
穴を回る磁界と多価ポテンシャルcohomology、切断面、tree-cotreeゲージで大域循環を離散化するG-6
有限要素解の保証付き評価curl側とdiv側の許容場を相補させ、磁気抵抗の上下界で解を挟むG-7
高次階層基底と適応解析NGSolveの基底を確認し、局所指標からh細分・p次数上昇を選ぶG-8
開境界と外部領域の縮約Dirichlet traceをNeumann traceへ写すDtN作用素をFEM弱形式へ組み込むG-9

第9章 F編の全8回

連続な場を、座標・計量・微分形式・変換・変形の観点から読みます。弱形式、離散Hodge、有限要素行列、DtN行列など、メッシュへ離散化して計算する内容はG編へ分けています。

F編の重要応用:電磁力

削除済みの旧資料名とは切り離し、電磁力の教材本体を公開文献に基づく独立したページとして維持します。前半のローレンツ力、Maxwell応力、磁気コエネルギーは連続な電磁場から合力を得るF編の応用です。同じページの後半で、仮想変位と形状関数による節点力へ進むところからG-4へ接続します。

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