3Dで学ぶ電磁気学
G-3 Bossavitの離散Hodgeと材料則
Bossavitの計算電磁気学は、微分形式を有限要素法へ移すときも、量を積分する点・辺・面・体積の意味を失わないことを重視します。G-2 微分形式による弱形式で得た有限要素方程式を出発点に、コチェイン、Whitney形式、離散Hodge行列へ進みます。位相と材料を分離して組み立てた後、高周波巻線のリッツ線の均質化を材料Hodgeの実例として扱います。
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- FEMへ渡すのは各点のベクトルだけではありません。電位は頂点、起電力・起磁力は辺、磁束・電流は面、電荷は体積に積分した値として保存します。
- 頂点・辺・面のつながりは接続行列 $\boldsymbol G,\boldsymbol C,\boldsymbol D$、長さ・角度・材料は離散Hodge行列 $\boldsymbol M$ が担当します。
- メッシュのつながりを変えずに材料スライダーを動かすと、接続行列はそのまま、Hodge行列と場の応答だけが変わります。この役割分担を図で追います。
式を読む順番
1. まず未知量を点の値ではなく、頂点・辺・面・体積に対応する積分自由度として置きます。
2. 外微分は接続行列 $\boldsymbol G,\boldsymbol C,\boldsymbol D$ になり、メッシュの向きと接続だけで決まります。
3. 長さ、面積、角度、材料は離散Hodge行列 $\boldsymbol M$ に集めます。
4. 材料値を変えたとき、接続行列まで変わっていないかを図で確認します。変わるべきなのはHodge行列と解です。
この回の到達点
1. Maxwell方程式の位相的な層と、計量・材料を担う構成則の層を分けられる。
2. 0-formから3-formまでの積分自由度を、頂点・辺・面・要素へ対応させられる。
3. Whitney形式、接続行列、離散Hodge行列の役割を区別できる。
4. リッツ線の撚り・充填率・近接効果を異方性材料則へ移す近似の範囲を説明できる。
修士課程の電磁気学演習
接続を変えず、材料応答だけを変えられるか
電磁気の問い: 同じ四面体メッシュと同じ辺起磁力を使い、磁気抵抗率の大きさ・異方性・要素のせん断だけを変える。どの行列は不変で、磁束と磁気エネルギーのどこが変わるべきだろうか。
観察ポイント: 接続行列 $\boldsymbol G,\boldsymbol C,\boldsymbol D$、材料Hodge $\boldsymbol M_\nu$、出力磁束の三者を「変わらない」「変わる」に分類する。
操作と観測: 可視化G-3-5で主辺、せん断、異方性を順に変え、Whitney基底の接線積分、$\boldsymbol M_\nu$ の固有値、入力係数と出力係数を追う。
判定基準と微分幾何による説明
外微分を表す接続行列はメッシュの向きと接続だけで決まり、材料と計量は $\boldsymbol M_\nu$ に入る。磁気エネルギー $W_h=\tfrac12\boldsymbol b^{\mathsf T}\boldsymbol M_\nu\boldsymbol b$ が正になるには、物理的な磁気抵抗率に対して $\boldsymbol M_\nu$ が正定値でなければならない。
診断: 材料値を変えただけで $\boldsymbol C\boldsymbol G=\boldsymbol0$ が崩れたら、位相層と材料層を混ぜている。正定値材料なのに $\boldsymbol M_\nu$ に非正の固有値が出たら、要素の向き、Jacobian、求積、基底変換を点検する。
研究へ: 新しい非線形・異方性構成則を導入するとき、接続行列を再設計せず、局所Hodgeとその接線行列だけを交換できる実装へつなげる。
連続理論はF-3、弱形式はG-2で固定する
formの次数、外微分、Hodge star、Maxwell方程式の連続な関係はF-3 外微分形式とHodge starを正典とし、ここでは再導出しません。trial/test、境界項、Galerkin組立てはG-2 微分形式による弱形式が担当します。G-3で追うのは、その二つをメッシュへ移したときの対応
です。外微分の接続と、計量・材料を担うHodgeを別の部品として組み立てることが、この回の出発点です。G-2で得たWhitney--Galerkin行列
について、$\boldsymbol C$ が表す積分自由度と接続、$\boldsymbol M_\nu$ が表す計量と材料を分けて詳しく読みます。
Bossavitの核心:積分値を自由度にする
連続な場をメッシュへ移すとき、各点のベクトル成分をそのまま保存する必要はありません。電磁気で直接観測するのは、点の電位、辺に沿う起電力・起磁力、面を貫く磁束・電流、体積に含まれる電荷です。四面体メッシュでは、それぞれを次の自由度として持ちます。
| 形式 | メッシュ上の場所 | 代表的な自由度 |
|---|---|---|
| 0-form | 頂点 $p_i$ | $V_i=V(p_i)$ |
| 1-form | 向き付き辺 $e$ | $e_e=\int_e\mathcal E$、$h_e=\int_e\mathcal H$ |
| 2-form | 向き付き面 $f$ | $b_f=\int_f\mathcal B$、$j_f=\int_f\mathcal J$ |
| 3-form | 要素 $c$ | $q_c=\int_c\varrho$ |
メッシュ上の離散外微分は、頂点・辺・面・要素の接続だけから作る接続行列です。
境界の境界が空であるため、連続系の $d^2=0$ は離散系でも厳密に残ります。
この2式はメッシュが粗くても丸め誤差を除いて崩れません。磁束保存や「grad場のrotがゼロ」を近似精度ではなく、接続構造として守れることが辺要素・面要素の強みです。
Whitney形式:自由度から連続な場を復元する
四面体の重心座標を $\lambda_i$ とすると、頂点 $i$ のWhitney 0-formと、向き付き辺 $i\to j$ のWhitney 1-formは
です。辺の向きを反転すると $w_{ji}^1=-w_{ij}^1$ となり、その辺に沿う積分はKroneckerの関係を満たします。
したがって、1-formは辺積分値 $e_{ij}$ から
と復元できます。接線成分が要素境界で連続するため、$\mathrm{H}(\mathrm{curl})$ に適合し、電界やベクトルポテンシャルの自由度を節点ベクトルで持つと生じやすい偽モードを避けられます。
離散Hodge:計量と材料だけを行列へ入れる
接続行列が位相を担う一方、計量と材料はWhitney形式同士の積分で作る離散Hodge行列へ入ります。電気側の辺行列と、磁気側の面行列は
のように組み立てます。磁気ベクトルポテンシャルの辺自由度を $\boldsymbol a$、電流源を $\boldsymbol j$ とすると、磁束自由度は $\boldsymbol b=\boldsymbol C\boldsymbol a$ であり、離散方程式の骨格は
となります。メッシュの接続を変えなければ $\boldsymbol C$ は固定され、材料・形状・座標変換の変更は主として $\boldsymbol M_{\nu}$ に現れます。これがF-7のKelvin変換と、G-5の局所変形を同じ言葉で扱える理由です。
Bossavitの相補性は、ポテンシャル側と場側を独立に近似し、位相方程式をそれぞれ満たした解の間で構成則の不一致を測ります。
境界条件、独立循環、総磁束まで含めて二つの場が大域的に許容であり、さらに $\eta_{\mathrm{comp}}=0$ なら、磁束保存・アンペール則・材料則を同じ場が満たします。局所補間だけで作った場にはこの保証はありません。単一の残差だけでなく、主問題と双対問題を突き合わせて誤差を挟み込むのが相補性の教育的な価値です。
異方性材料は「向きを選ぶ」Hodge star
等方材料では $\star$ に掛かる係数はスカラー1個でした。異方性材料では、方向ごとに違う係数を掛けます。特別な方向 $\vec{t}$(すぐ後でリッツ線の素線方向になります)に沿う正規直交基底 $e^{1}\parallel\vec{t}$、$e^{2},e^{3}\perp\vec{t}$ をとると、導電率を担うHodge star $\star_\sigma$ は次の「向きごとに倍率の違う辞書」になります。
$\mathcal{J}=\star_\sigma\mathcal{E}$ の1本の式に、異方性導電の物理が全部入ります。
リッツ線:素線を刻む代わりに $\star$ に押し込む
高周波の巻線では、表皮効果と近接効果で銅の内部の電流が偏り、実効抵抗が跳ね上がります。対策の定番がリッツ線——直径 $d_s$ の細い素線を数十〜数千本、互いに絶縁して撚り合わせた電線です。素線径を表皮深さ $\delta$ より十分細くすれば、各素線の内部では電流がほぼ一様に流れます。
ところが素線1本ずつをメッシュに刻むと、数千本×表皮分解能で有限要素解析はすぐ破綻します。ここで効くのが均質化です。束の断面で銅が占める割合(充填率)を $\beta$ とすると、電流は絶縁被膜のせいで素線方向にしか流れられないので、束全体を1つの異方性材料とみなせます。
つまりリッツ線の束は、$\star_\sigma$ にこの $(\sigma_{\parallel},\sigma_{\perp},\sigma_{\perp})$ を入れた異方性の等価連続体として扱えます。撚りがあると素線方向 $\vec{t}(\vec{x})$ は場所ごとに回転するため、等価材料も一般には空間的に一様ではありません。幾何(撚り構造)を位置依存の材料則へ移したことになります。素線の傾き角 $\alpha$ は、単純ならせんモデルでは撚りピッチ $p$ と束半径 $r_b$ で決まります。
この $\alpha$ は束軸 $\vec e_z$ から測る角です。赤い素線を
と書くと、その単位接線と、軸方向長さ $L$ に対する素線長 $\ell$ は
です。さらに $\sigma_\perp=0$ の理想一方向モデルで軸方向電界 $\vec E=E_z\vec e_z$ を加えると、$\vec J=\beta\sigma_{\mathrm{Cu}}(\vec E\cdot\vec t)\vec t$ なので、軸方向応答は
となります。撚りを強くすることは、見た目だけでなく、素線経路と異方性軸の投影を同時に変えます。
可視化 G-3-1 撚り構造と素線方向の場
初期状態では $p/r_b=14$ に固定します。操作後は灰色の細い基準素線を残して $p/r_b=6$ へ移し、束の手前に取り出した $\vec t$、$\cos\alpha\,\vec e_z$、$\sin\alpha\,\vec e_\phi$ を同じ尺度で比較します。赤い素線を追うと、この単純ならせんモデルでは素線が断面の方位位置を巡ります。ただし各素線の半径は固定されており、半径方向を含む完全な位置交換を表す図ではありません。実際のリッツ線では、多段の撚り合わせによって各素線が外部磁界を平均的に同じように経験する転位へ近づけます。等価材料には $\vec{t}(\vec{x})$ と充填率 $\beta$ に加え、素線径、撚り構成、周波数に依存する損失係数も必要です。ここでの $\cos^2\alpha$ は、$\sigma_\perp=0$、軸方向一様電界という理想化で撚り角の投影だけを切り出した規格化値であり、実在リッツ線の交流抵抗そのものではありません。
可視化 G-3-2 $\star_\sigma$ は向きを選ぶ
電界の向きを3D空間で回すと、電流は素線方向への射影 $\vec{J}=\beta\sigma_{\mathrm{Cu}}(\vec{E}\cdot\vec{t})\,\vec{t}$ だけ応答します。破線は $\vec E$ から素線方向へ下ろした射影です。これが $\star_\sigma$ の異方性の直接の意味です。絶縁被膜が横方向の伝導を止めている限り、$\sigma_{\perp}=0$ の「向きを選ぶ辞書」が束の物理を正しく代表します。
近接効果の損失も $\star$ へ:複素透磁率
素線方向の伝導を $\star_\sigma$ に押し込んでも、まだ残る物理があります。横向きの交流磁界が各素線の内部に小さな渦電流を誘起し、熱として失われる——近接効果損失です。素線が表皮深さより細い低周波側では、円柱素線の単位体積あたり損失が閉じた式で書けます(振幅 $\hat{B}$ の横磁束密度に対して)。
この損失を「材料の性質」として覚え込ませる先が、透磁率側のHodge star $\star_\mu$ です。損失は磁界と90度位相のずれた応答なので、透磁率を複素数 $\tilde{\mu}=\mu'-j\mu''$ に拡張し、時間平均損失 $\dfrac{\omega}{2}\mu''\hat{H}^{2}$ が上の $p_{\mathrm{v}}$(銅の体積割合 $\beta$ を掛けたもの)と一致するように $\mu''$ を選びます。
こうしてリッツ線の束は $\mathcal{B}=\tilde{\mu}\star\mathcal{H}$ と $\mathcal{J}=\star_\sigma\mathcal{E}$ の2本の構成則を持つ周波数依存の等価連続体になり、素線を1本も刻まずに有限要素解析へ載せられます(周波数が上がって $d_s$ が $\delta$ に近づくと、$\mu''$ はBessel関数による厳密式や数値均質化に置き換えます)。「幾何や損失の機構を材料定数へ押し付ける」——その受け皿が材料Hodge starです。
次回へ:$\star$ を書き換える座標変換
材料が $\star$ に住むという見方は、次回の主役であるKelvin変換で本領を発揮します。無限に広がる領域を有限の球へ写しても、$d$ の方程式は形を変えません。変わるのは $\star$ が担う計量と材料だけ——では $\nu'$ や $\sigma'$ は具体的にどう変わり、コイルの外場や表面インピーダンスはどう写るのか。それを引き戻しで最後まで計算するのがF-7です。
参考: A. Bossavit, *Computational Electromagnetism: Variational Formulations, Complementarity, Edge Elements* (Academic Press, 1998)、A. Bossavit, “Whitney forms: a class of finite elements for three-dimensional computations in electromagnetism”, *IEE Proceedings A*, 135 (1988), 493–500、および研究室で整理しているリッツ線の設計知識に基づいて再構成しています。
保存則・検算と次への接続
均質化した導電率テンソルは、素線方向 $\vec t$ と直交方向を分けて
と書けます。受動材料として使えるためにはJoule損失が非負でなければなりません。
したがって $\sigma_{\parallel},\sigma_{\perp}\ge0$ は実装時の必須チェックです。$\sigma_{\parallel}=\sigma_{\perp}$ とすれば向き依存性が消えて等方材料へ戻ること、また微視構造長 $\ell_{\mathrm{micro}}$ と場の変化長 $L_{\mathrm{field}}$ の比 $\eta=\ell_{\mathrm{micro}}/L_{\mathrm{field}}\ll1$ が均質化の前提であることも確認します。F-6の場の幾何に材料を載せた後、次のF-7では領域変換に合わせてこの材料Hodge star自体を引き戻します。
可視化 G-3-3 3D主辺と双対面
辺要素の自由度と、材料Hodgeを通した双対自由度を
で表します。直交する主辺 $e$ と双対面 $\star e$ の局所近似では、
です。磁気抵抗率 $\nu$ を動かしても、接続と幾何を表す主辺・双対面の形は変わりません。図では赤を入力自由度 $a_e$、双対面上の青い矢印群を材料Hodgeの出力 $b_{\star e}$ とし、$\nu$ に比例して矢印の長さ・色・面の濃さが変わります。変わらない形状と、変わる材料写像を見分けるための可視化です。
可視化 G-3-4 材料を変えると離散Hodgeの出力が変わる
二次元の局所モデルで、磁束自由度ベクトル $\boldsymbol b$ と磁界自由度ベクトル $\boldsymbol h$ の関係を
とします。この要素が担う磁気エネルギーは
です。$\nu_x,\nu_y$ と $\boldsymbol b$ の向きを動かすと、青の $\boldsymbol b$ と赤の $\boldsymbol h$ が一般には平行でなくなり、等エネルギー円が楕円へ変わります。材料係数が図と数値の両方へ反映されることを確認してください。
可視化 G-3-5 修士演習:Whitney基底から材料Hodge行列を組み立てる
最初のイメージ。 一枚の三角形の各辺に、線に沿う量を測る三つのセンサがあると考えます。どの辺がどの頂点を結ぶかは配線図、三角形が細長いか、材料が異方的かはセンサの応答特性です。接続行列 $\boldsymbol G,\boldsymbol C$ は配線図だけを持ち、材料Hodge行列 $\boldsymbol M_\nu$ は形状と材料を積分して、辺自由度をエネルギーや双対量へ変換します。
一つの三角形を使い、接続だけで決まる行列と、形状・材料を積分して得る行列を実際に分けて計算します。向き付き辺 $e=(i,j)$ のWhitney 1-formは
です。辺の向きを固定したまま頂点 $p_2=(s,1)$ を動かすと、接続行列 $\boldsymbol G$ と $\boldsymbol C$ の成分は変わりません。
一方、異方性磁気抵抗率 $\boldsymbol\nu=\operatorname{diag}(\nu_x,\nu_y)$ に対する辺Hodge行列は
であり、図では2次式を正確に積分できる三点求積で3×3行列を毎回組み立てます。
動かして確かめる順序。 まず正三角形に近い形と等方材料を選び、三つの固有値が正であることを確認します。次に表示辺 $e$ だけを変え、緑の基底場は変わっても組み立て済みの行列が変わらないことを見ます。頂点のずれ $s$ を動かす前に、細長い要素で条件数が良くなるか悪くなるかを図を動かして確かめてください。最後に異方性 $\nu_y/\nu_x$ を増やし、行列・固有値は変わる一方で $\boldsymbol C\boldsymbol G=0$ が変わらないことから、位相と計量・材料の役割を言葉で分けます。
左図の緑矢印は選んだ $w_e^1$ の値、右図は実際に組み立てた $\boldsymbol M_\nu$ と三つの固有値です。$s$ を動かすと $d\lambda_i$ が変わるため行列値と固有値が変わります。$\nu_y/\nu_x$ を動かしても同様です。しかし出力の $\|\boldsymbol C\boldsymbol G\|$ は常に0です。正の材料では
なので、三つの固有値はすべて正になります。接続の完全性は位相の検査、固有値の正値性と条件数は計量・材料・要素品質の検査です。
理解の確認
1. 外微分で書くMaxwell方程式を変えずに、異方性材料だけを変更できるのはなぜでしょうか。
2. $\boldsymbol C\boldsymbol G=\boldsymbol0$ と $\boldsymbol D\boldsymbol C=\boldsymbol0$ は、なぜ材料定数や要素寸法に依存しないのでしょうか。
3. Whitney 1-formの自由度を節点値ではなく辺積分にすることで、どの連続性が保たれるでしょうか。
4. 素線方向導電率 $\sigma_{\parallel}$ と横方向導電率 $\sigma_{\perp}$ は、リッツ線のどの構造を表すでしょうか。
5. 近接効果損失を複素透磁率へまとめる近似は、周波数や素線径が変わるとどこで破綻するでしょうか。