3Dで学ぶ電磁気学
B-3 電気伝導モデル
この回で身につける
到達目標
- 実空間の電子密度と、速度空間の速度分布を区別できる。
- 緩和時間が長いと、運動量の記憶と輸送平均自由行程がどう変わるかを説明できる。
- 速度分布の重心として平均ドリフト速度を読み、電子の平均速度と慣用電流が逆向きになる理由を説明できる。
前提知識
- ニュートンの運動方程式
- 一次の線形微分方程式
- 電流密度 $\vec i=q n\vec u$
学習の順序
- 電界がない金属中の微視的運動を考える。
- 散乱で運動量の記憶が失われる時間と距離を結ぶ。
- 衝突を平均化した運動方程式から局所オーム則を導く。
電磁気学の理解実験
緩和時間が長くなると、電子の何が変わるのか
観察ポイント: 左の実空間で、一様な電子密度と運動量の記憶が保たれる代表距離を見分ける。右の速度空間では、速度分布とその重心 $\langle\vec v\rangle=\vec u_e$ を見る。
操作: 電界、緩和時間、時刻を直接変える。特に $\tau$ を動かし、左の運動量記憶レーンの $1/e$ 位置、実空間の密度重心、右の速度分布の重心を同時に追う。
読み取り: 長い $\tau$ では運動量の向きの記憶がより長く保たれ、輸送平均自由行程が伸びる。同時に速度分布の重心は大きくずれるが、一様バルクの密度が片側へ寄るのではない。
金属中の自由電子は、電界がないときも熱運動をしている。しかし、各方向の速度を多数の電子について平均するとゼロであり、巨視的な電流にはならない。電界 $\vec E$ を加えると、電子は格子との衝突を繰り返しながら電界と逆向きに小さな平均速度を持つ。
衝突の効果を平均速度に比例する抵抗力で表すと、電子の運動方程式は次になる。$e>0$ は電気素量であり、電子の電荷は $-e$ である。
$\vec u_e(0)=\vec0$ として解くと、平均速度は緩和時間 $\tau$ 程度で定常値へ近づく。ここの $\tau$ は、電子の平均運動量の記憶が散乱で失われる運動量緩和時間である。
同じ金属で微視的な代表速度 $v_{\mathrm{char}}$ を一定とみなすと、運動量を保って進む代表距離は $\tau$ に比例する。金属では $v_{\mathrm{char}}$ にドリフト速度ではなく、代表的にFermi速度 $v_F$ を用いる。
たとえば銅の自由電子近似で $v_F\simeq1.57\times10^6\,\mathrm{m/s}$ とすると、$\tau=8\,\mathrm{fs}$ で $\ell_{\mathrm{tr}}\simeq12.6\,\mathrm{nm}$、$\tau=48\,\mathrm{fs}$ で $\ell_{\mathrm{tr}}\simeq75.5\,\mathrm{nm}$ となる。これは6倍である。
ここで $\mu_e=e\tau/m_e$ は電子の移動度である。電子の個数密度を $n_e$ とすると、電子の負電荷と負向きの平均速度が打ち消し合い、電流密度は電界と同じ向きになる。
可視化 B-3-1 緩和時間から自由行程と速度分布を読む
左の青い20点は、多数の電子を同じ時刻に標本化した実空間密度である。これらを一個の電子の軌跡と解釈しない。その上の紫のレーンは、運動量の向きの記憶が距離とともに薄れる様子だけを独立に表す。橙の点は記憶が $1/e$ になる輸送平均自由行程 $\ell_{\mathrm{tr}}$ の標識であり、一個の電子が必ずそこで衝突する位置ではない。
電子は負電荷なので、平均ドリフトと慣用電流の向きは反対になる。さらに、$\tau$ は定常値と立ち上がり割合へ別の形で入る。
ここで $i_0$ は $E=E_0,\ \tau_0=24\,\mathrm{fs}$ の定常電流密度である。同じ物理時刻で比較すれば、定常値が大きくなる効果と、定常値へ近づく割合が遅くなる効果を分けて読める。
左の青点は位置 $\vec r$ の密度標本、紫線は運動量記憶の距離尺度、右の点は速度 $\vec v$ の分布である。同時に表示されても役割が異なる。
$E=E_0,\ t=24\,\mathrm{fs}$ で $\tau$ を8~48 fsへ動かす。紫線の $1/e$ 標識と速度分布の重心は動くが、左の20密度標本は動かないことを確かめる。次に $E$ だけを変え、$\ell_{\mathrm{tr}}$ は変わらないことも試す。
$\tau\uparrow\Rightarrow\ell_{\mathrm{tr}}\uparrow$、$\langle\vec v\rangle=\vec u_e$、$\vec i=-en_e\vec u_e$ を同じ状態として読む。変わる量だけでなく、密度分布と $E$ だけの変化では $\ell_{\mathrm{tr}}$ が変わらないことも言葉にする。
直接操作:緩和時間から自由行程、密度、速度分布を同時に追う
絶対電流と定常値へ近づく割合を分けて追う
モデルが説明することと説明しないこと
この古典モデルは、局所オーム則、移動度、導電率の関係を短い式で理解するための近似である。3D図の青い20点は同じ20個の電子を追跡した軌跡ではなく、実空間の一様な密度と速度分布の一次モーメントを比較するための対称標本である。紫のレーンは、その電子集団が移動した距離ではなく、運動量の記憶の距離尺度だけを抽出した模式表示である。単純な等方散乱のDrude像では $\tau$ を平均衝突間隔と読めるが、一般に運動量緩和時間と一個ずつの衝突間隔は同一ではない。速度分布を形を保ったままずらす表示も、平均ドリフトだけを取り出す模式図であり、実際の金属のFermi分布そのものではない。また一様なバルクと局所電気的中性を仮定し、電界を作る導体表面の微小な表面電荷と端部は描いていない。
例題と理解確認
数値例題
半径 $a=2.0\,\mathrm{mm}$ の銅線に $I=10\,\mathrm{A}$ が流れ、$n_e=8.46\times10^{28}\,\mathrm{m^{-3}}$ とする。平均ドリフト速度の大きさは、
である。熱運動の速さよりはるかに小さいが、多数の電子があるため巨視的な電流になる。
よくある誤解
- $\ell_{\mathrm{tr}}$ を $|u_e|\tau$ で求めない。平均自由行程に使うのは小さなドリフト速度ではなく、金属では代表的に $v_F$ である。
- 紫線の端を、一個の電子が必ず衝突する地点だと考えない。これは運動量の記憶が $1/e$ になる代表距離である。
- 平均ドリフト速度の変化を、電子密度全体が導体の片側へ一斉移動することだと考えない。
- 電子の平均速度は電界と逆向きだが、電流密度は電界と同じ向きである。
確認問題
- $v_F$ を一定とし、$\tau$ を8 fsから48 fsへ変えると $\ell_{\mathrm{tr}}$ は何倍か。
- $t=\tau$ で $|u_e|/|u_{e,\infty}|$ はいくらか。
- 電子の電荷と平均速度がともに負向きなのに、電流が正向きになる理由を説明せよ。
問1のヒントを見る
ヒント: $\ell_{\mathrm{tr}}\propto\tau$。
解答: $48/8=6$ より6倍。
問2のヒントを見る
ヒント: $1-e^{-1}$。
解答: 約0.632。
問3のヒントを見る
ヒント: $\vec i=q n\vec u$ の符号を見る。
解答: $q=-e$ と $\vec u_e$ の逆向きが掛かるため、$\vec i$ は $\vec E$ と同じ向きになる。
今回のまとめ
- 緩和時間が長いほど運動量の記憶が長く保たれ、同じ金属では $\ell_{\mathrm{tr}}\simeq v_F\tau$ に従って輸送平均自由行程が伸びる。
- 一様な実空間密度が片側へ寄るのではなく、速度分布の重心が平均ドリフトとしてずれる。
- 平均速度は時間 $\tau$ 程度で定常値へ近づき、電子の負電荷により電流は平均速度と逆向きになる。
- 微視的モデルから $\chi=n_e e^2\tau/m_e$ が得られる。